男のコラム

毎週火曜日更新

このコラムは、タケタリーノ山口が己の魂の叫びを2003年に書いていたものです

第21回

数年前、俺は田舎町のフィリピンクラブで働いていた。
それまで、いくつかの水商売を経験していた俺は、チーフという肩書きをもらっていた。
ただ、フィリピンクラブの女の子にとって、チーフという言葉は発音しにくかったらしく、俺はチープと呼ばれていた。
その店に入ったばかりの頃、俺は女の子達のあまりのテンションの高さに圧倒されていた。
お客さんのひざの上に乗って腰を振ったり、自分のスカートの中に頭を突っ込ませたり、やりたい放題だった。
しかし、俺はそんな彼女達の仕事に対するプライドと、お客さんを確実に楽しませる接客ぶりに、いつしか強い関心を覚えていた。
実際、今の俺の物事に対する考え方は、この空間で培われたと言っても過言ではない。
そんなある日、お客さんが来る前に、女の子達は近くのおでん屋に出前を頼み、厨房で食べていた。
するとそこに団体のお客さんが入って来て、店は急に忙しくなりはじめた。
女の子達は食べかけのおでんを厨房に置き、いつものようにお客さんを楽しませていた。
おれはその様子をカウンターで見ながら、ちょっと腹が減ったから、食べかけのおでんを少し食ってやろうと思い、厨房に入った。
すると、おでんの中に、小さいゴキブリが侵入していた。
大根が完全に犯されていた。
俺はそのゴキブリが通った経路を自分なりに予測して、まだ犯されていないであろうコンニャクを食うかどうか迷った。
しかし同じ皿の上にゴキブリがいるという現実に向き合うと、どうしてもコンニャクを食べたいという気にもならず、食べるのをやめ、カウンターに戻った。
しばらくして、一人の女の子が
「お腹すいたー」
と言って厨房に入って行った。
俺は、そのおでんにゴキブリが侵入していた事を報告しようと思い、厨房をのぞいた。
すると、おでに侵入していたゴキブリはすでにいなくなり、そこにあるおでんは、普通においしそうなおでんのあるべき姿に戻っていた。
女の子はうれしそうにおでんの、しかも大根にハシをのばしてした。
俺はそのうれしそうな顔を見ていたら、
ゴキブリが侵入していた事など言わなくてもいいんじゃないか、
言わない方が、その女の子にとって幸せなんじゃないかと思い、
言葉をゴクッと胸に飲み込んだ。
女の子は、俺の言葉をゴクッと飲み込んだ音に反応したのか
「あ、チープもお腹すいてるの?」
と言って、大根を半分ハシで切って俺の口に入れた。
女の子はやさしい顔をしていた。
とてもやさしい顔をしていた。