男のコラム

毎週火曜日更新

このコラムは、タケタリーノ山口が己の魂の叫びを2003年に書いていたものです

第9回

今から数年前、俺は田舎のオンボロアパートに住んでいた。
周辺には田んぼが広がり、夏になるとカエルの鳴き声がこだましていた。
毎月の家賃は、近くの大家さんの家まで直接渡しに行っていた。
大家さんは、正真正銘、嘘偽りのない田舎のおじいちゃんという感じの人だった。
分かりやすくいうと、
『ザ・田舎のおじいちゃん』
俺と大家さんは、月1回家賃を手渡しに行く時にあいさつをする程度の関係だった。
ある日、家に帰ると留守番電話にメッセージが残されていた。
その当時、携帯電話など持っていなかった俺にとって、留守番電話というのはかなり貴重な連絡手段であり、重大な役目を持っていた。
「3件の新しいメッセージがあります」
3件も入っているなんて珍しい。
期待と不安の中、テープが回りはじめた。
1件目。
「山口さ~ん、キノコがいっぱい取れたよー。キノコ。裏の山に行ってごらんよー」
何だ、このメッセージは?
あきらかに大家さんの声だった。
2件目。
「だから山口さ~ん。キノコがいっぱい取れました」
3件目。
「山口さん、裏の山はキノコでいっぱいでした」
全て大家さんの声だった。
俺と大家さんは、今まで一度たりともキノコの話などした事はなかった。
もちろん、キノコにまったく興味のなかった俺は、裏の山にも行かなかった。
ただ、あの時の大家さんの嬉しそうな声だけは、今も心に残っている。