男のコラム

毎週火曜日更新

このコラムは、タケタリーノ山口が己の魂の叫びを2003年に書いていたものです

第28回

先週からのつづき 実は俺は、寂しげな中年男性の話を聞くのが得意で、30分もすると、その小柄な男も、身振り手振りを交え、じょう舌に話し始めていた。
俺はさらに聞き上手っぷりを発揮し、その小柄な男の”兄貴的要素”をくすぐり、ビールをごちそうになるまでになっていた。
飲むペースもあがり、すっかりいい気分になってきていた小柄な男は、
「仕上げに焼肉ピラフ」
と注文した。
ただの冷凍食品の焼肉ピラフだが、俺は、ビールをごちそうになった事もあり、心を込めて作った。
その気持ちが伝わったのか、小柄な男は、必要以上にうまいと連呼して食べ終えた。
しかし、次の瞬間
「これ、本当に焼肉ピラフだった?」
唐突だった。あまりにも唐突に、小柄な男は人格を変えた。
続けざまに
「ニクが入ってなかっただろ。口の中には米、米、米だ」
別人になってた。
さっきまでの腰の低さは見る影もなく悪態をつき始めた。
「だまされた。金は払わねぇ」
小柄な男はひょいと立ち上がり、入り口のドアに向かって走り出した。
男の劇的な変化に言葉を失っていた俺は、事態を把握するのに多少時間がかかったが、ハッとした。
食い逃げだ。
俺は小柄な男の後を追った。
すぐ追いついた。
追い越すところだった。
殴った。とりあえず殴ってみた。
男はへたり込んだ。
もう一発殴ってみた。
男は非常に残念な姿になった。
消しゴムのカスのようになった。
俺は生まれて初めて食い逃げに失敗した人を見た。
その後、警察が来て、小柄な男は地面に埋まってしまうんじゃないかと思う程小さくなって連れて行かれた。
ただ、店を出る時、顔を上げ、絞り出すような声で、
「ごめんなさい」
と言ったその時、歯に肉がはさまっていたのを俺は見逃さなかった。